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      海彦山彦

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    まとめ
    2013/11/15(Fri)

    忘れられた山、消えて行く山

    131115.jpg


    先日の事です。

    数年前から気になっていた地元の小山にウォーキングのついでに登ってみました。
    中腹の天満宮から荒れ気味の自然林の尾根に取り付き登る事わずか数分で平坦な山頂に到着。
    なんとそこには倒れているものも含め数基のそれほど古くない立派な墓があり、
    さらに北側の斜面の樹林内にも数基の墓が点在しています。

    登る前に麓から山を偵察した時には、中腹までは荒れた竹林に浸食されているけど
    山頂エリアは自然林に覆われており、何か遺構がありそうな予感はしていました。
    ですが、墓地があるのには驚きました。

    下山後、麓の古老数人に山のことを聞きました。
    山名はないが、山頂の放棄された墓のことは知っているとのこと。

    また麓のお寺の方は、墓の存在は知らないが、時々遠方から
    山中の墓のことを尋ねてくる方がいるとか。

    昔は墓地の山だったよう ですが、時代の流れの中で
    何らかの理由で樹林に埋もれていく墓たちと共に忘れさられていく山のようです。
    山名がないのでニューピークには追加しませんが、
    気になっていた山に登れ山の様子も判り満足しました。

    そしてこれも先日のこと。

    以前から那珂川町に白土城趾(猫城)という山城があった山があると情報を得ていました。
    しかしイマイチ場所の特定ができません。
    そこで地元自治体に場所も含めて情報を問いあわせると、
    この山は、建設中の五ヶ山ダムに沈む予定で、
    建設現場内なので、もう入山できませんとの回答に
    ちょっと残念な気持ちになりました。

    先日の上西郷城址と同じように
    またひとつ歴史の遺構が残る山が消えていくようです。

    人々に忘れさられていく山もあれば、人の手によって消えて行く山もある現実。

    私はメジャーな山だけでなく、こうしたマイナーな山もひ とつひとつ掘り起こし、
    そして登り、大切にしていきたいと日々思っていますが
    みなさんは、この現実をいかが思われますか?
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    • 里山から心放つべからず

      海彦山彦さん こんにちは。新たな地元の里山紹介、ありがとうございます。昔から山と墓地は切り離すことができないのもでした。少しでも見晴らしの良い生まれ育った所に、眠らせてあげたいとの思いが深かったのだと思います。しかし、お墓に参るのに山を登るという行為が、だんだんと苦になっていくことも確かです。そして墓地は決して怖い場所ではありません。我が家は父の代に先祖代々の墓を山から降ろしました。それまでは、墓参りと山登りがセットでした。数年前に以前の墓地へ行って見ると、墓地への道すらなくなりかけていました。そして、今回の山のようになっていくのだと思います。そのような山は全国無数に存在するはずです。私たちはもっと里山との関係を保ち、里山を大事にしていく義務があると思います。そうすることで返ってくるものも素晴らしいものがたくさんあると思います。

    • 時に流されていくのでしょうね

      yummyさんのコメントに共感しました。

      私もいろんな山の山頂や山中で放棄された墓地や墓に出会ってきました。
      そのほとんどがyummyさんのコメントにあるように故人の故郷への想いを少しでも叶えてあげたいがために場所が選ばれたように思います。

      昔は、今のように霊園などがなかったので山=墓地というスタイルが普通だったようですね。私の母方の墓地も以前は山中にありました。

      そして時の流れの中で、麓におろされなかった墓地たちが山中で、埋もれていくのでしょうね。

      みやこ町の山中には江戸時代の墓が点在しています。また筑前町の山では放置された古い墓地にも出会いました。そんな時、恐怖は感じませんが極力、埋もれた墓石も畏敬の念を持って当然ですが踏まないようにします。

      墓地が残る山は、手入れも行き届きよき里山として活かされています。亡くなっても自然と共存する日本本来の姿を見るようですね。

    • お疲れ様です

      海彦山彦さん、こんばんは。
      久しぶりにコメントします。
      以前から気になっていた山に登って見ると、たくさんの墓・・・びっくりですね。
      おそらく昔は、麓の人も山頂まで行かれていたのでしょうね。
      どの辺りなのでしょうか。もしかしたら知っている山かもしれません。

      猫城について自治体にお問い合わせしてくださり、ありがとうございます。
      白土城址(猫城)は沈んでしまうのですね・・・残念です。
      しかし、伝え忘れていたことがありました。那珂川町には、猫城という名前の城址は二つあるのです。『那珂川町の歴史探訪』という本には、五ヶ山・南畑ダムより下流の不入道というところに、もう一つの猫城址があることが書いてあります。この城の別名は猫嶺城で、下記のサイトにも書いてありました。

      http://huukou.web.fc2.com/nekotouge.html

    • お久しぶりです

      モースさん、お久しぶりです。

      コメントありがとうございます。
      山頂に墓があった山は、宗像市河東地区の山で、中腹に河東天満宮がありこの背後から取り付く事ができます。
      名前があればニューピークに加えたいとこですが、残念です。
      猫嶺城の情報ありがとうございます。
      確か、この山はモースさんに教えて頂いたと記憶していましたが、
      その後再度ネット検索や自治体に問い合わせると
      いずれもダムに沈む山を指すのであきらめていました。
      再度、時間を作って訪れたいと思います。
      貴重な情報ありがとうございました。

      これを機会にモースさんのブログにリンクを張らせていただきます。
      もしモースさんもよければ相互リンクをお願いします。

    • リンク

      分かりました。
      私も海彦山彦さんのホームページにリンクを張らせていただきます。
      これからもよろしくお願いします。

    • リンク承諾ありがとうございます

      モースさん、リンク承諾ありがとうございます。

      これからも情報交換よろしくお願いします。

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